木村哲也
バイオリン製作家

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【名器のお話し】アントニオ・ストラディヴァリ1716年『メサイア』

名器とは、いったいどんな楽器のことをいうのでしょうか?
ストラディヴァリウスは全て名器なのでしょうか?

「ストラディヴァリウス=名器」という考えの間違い

一般的にアントニオ・ストラディヴァリ(Antonio Stradivari)やグァルネリ・デル・ジェス(Guarneri del Gesu)などといった、誰もが知っている巨匠たちの楽器が紹介されるときには、必ずといっても良いほど「これは○○が17**年に作った名器の一つで…….」というような説明が付きますよね。

けれども「○○が製作したから名器だ」という考え方はできるだけ避けたほうが良いでしょう。なぜなら、たとえどんな名匠が作った楽器でも、個々の品質にばらつきが存在するからです。

これは、楽器だけにいえることではありませんよね。絵画もそうですし、焼き物などでもそうです。そしてもちろん、いかなる名演奏家の演奏についても同じことがいえます。ストラディヴァリウスだから名器だ、と決め付けるのはストラディヴァリにとっても失礼なことでしょう。

こんな話を冒頭にするのも、ここで紹介する楽器が、あまりにも素晴らしい出来栄えだったのでストラディヴァリ自身が死ぬまで手放せずにいた、と言われているヴァイオリンだからです。話の真相は今となっては闇の中ですが、ストラディヴァリによって1716年に生み出されてから、彼の死後37年経ったから1774年まで、実に約60年ほどの間、『メサイア』と呼ばれるこのヴァイオリンがストラディヴァリ家の外に出ることがなかったのは事実です。

作った本人が執拗に売ることを拒んだといわれる楽器、『メサイア』には、それだけの質があります。このようなものこそ、まさに名器とよばれるに相応しいのではないでしょうか。

ただし、客観的に見て、『メサイア』がストラディヴァリの最高傑作かとなると、また別です。万が一、市場に出ることになったら、史上もっとも高い値段のヴァイオリンになるのは間違いない『メサイア』。しかし、その価値は、後の項でも話す保存状態に依るところが大きいです。

ストラディヴァリ1716年『メサイア』表正面全体像
ストラディヴァリ1716年『メサイア』

メサイアという名の由来

1716年、この名器が作られたとき、アントニオ・ストラディヴァリは既に73歳でした。メサイアというのは、メシア、つまり救世主のことです。なぜヴァイオリンにこんな名前が付いているのか不思議に思いますよね?

通常有名なヴァイオリンには過去の所有者の名前がその楽器の名として付くことが多いですが、『メサイア』の場合は例外です。その経歴をたどってその名前の由来を明かしてみましょう。

永らくストラディヴァリ一家の手中にあった『メサイア』ですが、1774年頃、コジオ伯爵(Count Coziodi Salabue)という元祖ヴァイオリンコレクターとでもいうべき人が、アントニオ・ストラディヴァリの末っ子、パウロ(Paolo)から工房に残っていた数々の楽器をまとめ買いした際に、彼の手にはいります。

そして1827年、『メサイア』はコジオ伯爵からルイジ・タリシオ (Luigi Tarisio)という今では伝説的なイタリア人のコレクターの手に渡ります。タリシオは友好関係にあったパリ在住のディーラーや製作家 (有名なヴィヨームもその中の一人)にことあるごとにその『素晴らしいストラド』を自慢の種にするのですが、決して彼らに実物を見せることはしませんでした。

これが当時の演奏家ジャン=デルファン・アラード (Jean Delphin Alard)に「あぁ!君が言うそのバイオリンはまるで救世主(メサイア)みたいじゃないか!みんな待っているのに決して現われてはくれない!」と言わせることになります。

これがこのヴァイオリンが『メサイア』と呼ばれる所以です。

ストラディヴァリ1716年『メサイア』後ろ全体像
ストラディヴァリ1716年『メサイア』

保存状態が抜群にいい

では、その救世主なるヴァイオリンはいったいどんな楽器なんでしょうか?

まず、『メサイア』を目にしたときに驚かされるのは、その保存状態でしょう。数あるストラディヴァリウスのなかで、これよりも状態が良いものはフローレンスにあるタスカン・メディチとよばれるヴィオラだけです。

ニスがほぼ全面に残っているのに加え、縁もほとんどすり減っておらず、とても300年前に作られた楽器を見ているとは思えません。使いこなされた楽器が持つソフトな外見に慣れ親しんでいる人にとっては、この『メサイア』が持つ鋭利で鮮明な姿が奇異に映るでしょう。

恥ずかしい話ですが、かくいう私も初めて『メサイア』を見たときには、その「新しさ」に気をとられてしまい、なぜこんな「味気のない物」が良いといわれているのかが、さっぱり分かりませんでした。まだ駆け出しだったころの私には、名器というのは使いこなされている年代物としての風格がなければという先入観があったのでしょう。

過去の名器の多くには、その後フレンチポリッシュ (シェラックと呼ばれる樹脂とアルコールを混ぜて作ったニスを使い鏡面仕上げにする技法)によってオリジナルのニスが厚く上塗りされてしまったものが非常に多くあります。最近は行なわれることが少なくなり、良識のある修理・修復家にとっては「過去にはされていたが、現在はしてはいけないこと」の一つになっています。

このような厚い上塗りを施すと、ぱっと見はツルツルピカピカで奇麗に見えるのですが、オリジナルニス特有の木肌を活かした少しざらっとした肌触りを損なってしまい、良いニスの持ち味であるべき有機的な外見を殺してしまうことになります。

上塗りから逃れている『メサイア』のニスを見てみると、表板の木目が浮き上がっていたり、ニスの表面に非常に細かな無数のひび割れが入り混じっていることが分かります。しかも、そのニスは木をがっちり閉じ込めているのではなく、ある意味ふんわりと覆いかぶさっているかのようです。良いニスとはいったいどのようなものか、それを知りたいのならこのような純粋なかたちで残っている楽器に触れるべきでしょう。

ストラディヴァリ1716年『メサイア』スクロール正面
ストラディヴァリ1716年『メサイア』

『メサイア』は素晴らしいヴァイオリンですが、必要以上に几帳面に作られたいわゆる「完璧なヴァイオリン」ではありません。じっくり見ますと、その輪郭は左右対称ではないことが分かりますし、コーナーにおけるパフリングの継ぎ目も完全無欠な仕上がりとはいえません。渦巻きにしても真ん丸ではありませんし、正面から見たときに左右を比べると高音側の目 (耳ともいわれる飛び出している部分)が低音側のそれよりも下に位置しているのが分かります。

しかし、これらは他のストラディヴァリウスにも同じように見受けられる特徴であり、ヴァイオリンの質を落としているわけでは決してありません。機械的な物の見方に慣れている私たち現代人はどうしても正確さに目がいってしまい、「精密に作られたもの=良いもの」という考え方から抜け出ることがなかなかできません。

ストラディヴァリ1716年『メサイア』スクロール後ろ
ストラディヴァリ1716年『メサイア』

しかし、ストラディヴァリなどの過去の巨匠は今の我々のものとはまた別の価値観を持っていました。彼らにとって最も大切だったのは細部の緻密さなどの測定可能なものではなく、楽器全体をつかさどる「調和・ハーモニー」だったのです。

もし過去の名器を実際に見る機会があれば、まずは詳細を見るまえに是非その趣を感じ取るように努めてみてください。それが、本当に良いものを見分けるための鍵です。

メサイアの音を聴くことは

2000年頃、メサイアが実はストラディヴァリウスではなく、よく出来た偽物ではないかという論争が米国のスチュワート・ポランを中心に巻き起こりました。結局、このときには偽物だという決定的な証拠だとされていた表板の年輪の測定結果が数人の学者によって数度にわたり改めて確認され、論争の基となったデータが間違っていたことが明らかになりました。

このような論争が起きたのは残念ながらこの一件に限りません。なまじその保存状態が良いばかりにメサイアはこれまでに幾度か偽物騒動に巻き込まれています。「状態が良い見た目が鋭利で鮮明フレンチヴィヨーム作の贋作」などという、書いていてもばかばかしい図式を当てはめる人が昔から存在しているようです。メサイアだけではなく、同じ年に作られたメディチと呼ばれるストラディヴァリウスにも同じような言いがかりがつけられたことがありました。

1950年以来、メサイアはイギリスのオックスフォードにあるアシュモリアン博物館にて永続的に展示されています。その保存状態を保つために、直接触れることは厳格に規制されており、今、メサイアの音色が人々の耳に届くことはありません。私たちは、ガラス越しに見えるその姿、そしてヨーゼフ・ヨアヒムが残した言葉をたよりにその歌声を想像するしかないのです。

もちろん、あのストラディヴァリウス、独特なメサイアの音色は何度も私の記憶に蘇ってくる。私の胸を打ったあの甘美な荘厳さと共に。(メサイアが)あれほど有名なのはもっともなことだ。できることならいつの日かもう一度、この私の手で弾いてやりたい。

――ヨーゼフ・ヨアヒム

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