比較的状態の良いストラディヴァリの渦巻きを見ると、輪郭の角を落とす面取りと呼ばれる加工のしてある部分が、黒く塗られているのがわかります。
これはアントニオ・ストラディヴァリが1690年頃に始めたもので、それ以前の作品には見られない特徴です。輪郭を強調させようとしたのでしょうか。ちょうど面取りそのものの幅が広くなるのと同時期です。
左にあるのが1690年以前の黒塗りがされていない渦巻きで、右が1690年以降の黒塗りがされている渦巻きになります。彫り方を比べてみてもその作風がかわっているのがわかりますね。
この黒い色は、色をつけるためのニスを塗る前に塗られています。そのため、ニスが保護膜となり、300年経ったいまでも所々にまだ残っているのです。
クレモナの製作者で面取りを黒くしたのは、ストラディヴァリ家の3人とグァルネリ・デル・ジェスだけです。カルロ・ベルゴンツィの作品にも明らかに面取りを黒塗りしてあるバイオリンが1棹 (1733年作『Salabue, Martzy』)と、どことなく塗ってあったような名残があるバイオリンがもうひとつ (1733-35作『Kreisler』)あります。しかし、この二つはどちらとも所有者だったコジオ伯爵によって、コーナーを短くするなど、手を加えられており、この黒塗りもストラディヴァリに傾倒していた彼の仕業の可能性が高いです。
このコジオ伯爵、トリノ時代のガダニーニにいろいろな指図をしてよりストラディヴァリっぽい作品を作らせようともしていました。もちろん、トリノ時代のガダニーニの渦巻きは面取りが黒く塗られています。上がミラノ時代のガダニーニの渦巻き、下がトリノ時代の渦巻きです。
勘違いをすることが多いのですが、ボディのコーナー部で側板がツノになっている先の部分は、ストラディヴァリは黒く塗っていません。ここを黒くしたのはデル・ジェスです。デル・ジェスは黒塗りをとても気に入っていたようで、他にもペグボックスの壁の内側の面取り(ストラディヴァリにはこの面取り自体がありません)や、裏板のボタンの面取り部分も黒くしています。