木村哲也
バイオリン製作家

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ショートオイルニス

短いオイルニス?なにそれ?

『ショートオイルニス』(Short Oil Varnish) と呼ばれるニスがあります。どんなものか分かりますか?

Shortという単語を聞くと「短い」という訳がすぐに思いつきますよね。「短いオイルニスって、なんじゃそりゃ」と思ってしまいますが、Shortには「十分ではない、足りない、乏しい」という意味も含まれているので、この場合は「オイルが乏しいニス」となります。

オイルニスは乾性油と樹脂を混ぜ合わせて作りますが、出来上がったニスの性質はこのオイルと樹脂の割合に大きく影響されます。

そこで、オイルニスのなかでも特に樹脂の割合がオイルに比べて高いものを『ショートオイルニス』と呼ぶようになりました。逆にオイルの割合が樹脂に比べて特に高いものはどう呼ばれているか想像できますか?

そう、『ロングオイルニス』(Long Oil Varnish)です。

ストラディヴァリのニス?

2010年にStefan-Peter Greiner とBrigitte Brandmairによって書かれた本『Stradivari Varnish』が出版されてからというもの、このショートオイルニスの人気が高まっています。というのも『Stradivari Varnish』で著者がストラディヴァリウスに塗られたニスに近いのではないかとするのが、オイルと樹脂の重量比が 1:4のショートオイルニスだからです。

近年の研究では、Stefan-Peter Greiner とBrigitte Brandmairの他にもJean-Philippe Echardがストラディヴァリウスのニスはショートオイルニスだったのではないかと論文で述べています。

では、この類のニスにはどのような特徴があるのでしょうか?

ショートオイルニスの特徴

ショートオイルニスの特徴を挙げましょう;

  • オイルニスを調合する際、加熱処理により色を濃くできるのは樹脂なので、その割合が高いショートオイルニスではニスの厚みに対する色の濃さが強くなる。
  • 磨きやすい。
  • 剥がれやすい。
  • 経年変化でヒビが入る。

剥がれやすかったり、ヒビが入るニスを使うのは……と思うかもしれませんが、どちらもストラディヴァリが使っていたニスの特徴です。

私もこの1:4という割合でニスを調合して何度か使ってみたことがあります。しかし、オイルと樹脂を混ぜるだけでは粘度が非常に高いためテレピン油、またはペトロールで薄めなければならず、その結果どうしても使い辛いと感じていました。カナダの製作家、Guy Harrisonのショートオイルニス(オイル:樹脂=1:3)も試してみたのですが、これもやはり薄めずに使えません。

そこでなるべくショートオイルニスの特徴を保ちつつ、長年愛用しているマルチャーナニスと同じように扱いやすいニスを少し工夫して調合してみました。

良さはそのまま、塗りやすいショートオイルニスのレシピ

ニスの表面のズームアップ

材料

  • ヴェネチアテレピン 100g(150c〜180cで100時間加熱処理済み)
  • マスティック 24g
  • くるみ油 80g
  • ビーズワックス 10g

作り方

上記の材料をアルミ鍋などで一緒に150cくらいまで加熱し、まんべんなく混ざったら火を止めます。絶対に蓋はしないようにしてください。樹脂のみを加熱する場合は問題ないのですが、一度オイルを混ぜた状態で蓋をして加熱すると、急に温度が上がり過ぎ、さらに慌てて蓋を外すと発火します。

お鍋の中で熱せられているオイルニスの樹脂

長時間にわたり加熱する必要はありません。20分〜30分もあれば充分です。加熱のし過ぎはニスの質を劣化させます。このニスはオイルと樹脂の割合がほぼ2:3で、常温ではほぼ生キャラメルのような粘度ですが、薄めなくても手で塗れます。

ヴェネチアテレピンの代わりに松脂(コロフォニー)を使ってもかまいません。また、くるみ油を使ったニスは乾くのに時間がかかるので、代わりに亜麻仁油を使うとニスの乾きが早くなります。

使う樹脂によって出来上がるニスの色が大きく変わってくるので、自分にあうものを探せば良いでしょう。また、石灰や灰汁などでpHを調整することによりニスの色もある程度変えることができます。ただその際にはニスの質も変化するので気をつけてください。

ビーズワックスを入れたのは主に乾いた後のニスが剥がれやすくするためです。ニスの質感も変わります。そんなに剥がれやすいと困るという人は入れなくても良いです。

「剥がれやすいニス=柔らかいニス」と勘違いしている人が多くいますが、そうではありません。ニスそのものは、ショートオイルニスよりもオイルの割合が高いロングオイルニスのほうが柔らかい層を作ります。

ちなみに、Helen Michetschlägerが編集した本『Violin Varnish』 によると、故Koen PaddingがMagisterブランドで調合、販売していたオイルニスは、オイルと樹脂の割合が4:1のロングオイルニスだった可能性があるそうです。ただし、彼のニスをよく知る人によると、それよりはオイルが少なめの6:5くらいだったのではないかとのことです。ロングオイルニスの利点はショートオイルニスに比べて格段に塗りやすいことにあります。

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